仙台港付近の様子

2011年5月1日(日)

メンバー・スタッフで仙台港付近へ。仙台出身のピアニスト安倍川モチ夫も同行。仙台市街地とは違う震災の爪痕。彼も久しぶりに目にした港の景色に茫然としていた。

仙台・ラブミー牧場LIVE

ライブ終盤:ラブミー牧場の営業部長・大野くんをステージに。彼は震災当日、石巻で被災。

彼が淡々と話す震災当日から救出されるまでの話。病気を抱えた人や妊婦さんらと共に孤立していた彼ら。そこから勇気ある決断に至る話は、ハマーさんの日記へ→大野くんの話

福島県相馬市

2011年5月2日(月)

仙台に残った、よう子と和子は翌朝一路、福島の相馬中村神社へ。境内では広島のアンデルセンというパン屋さんが被災者の方々のためにメロンパンを毎朝2000個焼いて提供していた。

そのメロンパンの名はサンライズ。2人は神社に取りに来られない方の為にメロンパンを配るお手伝いに。

 

 

 

市議会議員さんの案内でパンを配る先の松浦川漁港方面へ。

 

〜よう子の日記より〜

最初にこの港に来たのには、大きな意味があった。海に献花をすることだった。相馬にはまだ生花が入っておらず、49日の法要においても花が無い状態が続いているそうである。あたしたちは、石巻の公演で三浦くんの娘さんと息子さんから、とてもステキな花束をいただいていた。とっても豪華な花束で、きっとこの花束を手に入れるのには大変な苦労があっただろう。そして、その花束は心のこもった花束だった。もちろん大切にこの花は持ち帰るつもりだったのだが海に流す花が無かったとのことだったので献花に使わせて頂くことにした。この港だけでも250人の方が流されて命を落としたという。しかも50名以上の方々がまだ見つかっていない。その尋常ではない状況を考えると大切にいただいた花束ではあったが供養という意味で使わせて頂くことには、この立派な花束は、大変大きな意味があったのだと思う。あたしと和子は、この花束をほどき、この荒れ果てた港の海に、そっと献花させていただいた。

 

合掌。


 

〜よう子の日記より〜

そして、この港を巡った後、あたしたちはその「サンライズ」というパンを配りに松川浦港沿岸に向かった。あたしたちは、この市会議員さんからパン200個を受け取り一軒一軒、家を廻らせてもらうことにした。最初は、たずねる家々の方々に行商かと思われ、怪訝そうな顔で「いくら?」などと聞かれたが、広島のアンデルセンというパン屋さんが相馬神社で、、、、、、、、という一連の説明をするとホッとした表情でこの大災害について、そして現状の暮らしについてイロイロと話しを聞かせてくれた。幸い、家が残っていたとしても、ここは漁師の街。船も工場も流されてしまい完全な失業状態。でも、家があるという理由だけで避難所に物資を受け取りに行くことをためらい家でじっとしている人も少なくないそうだ。テレビの報道の中では取り上げられない陰に潜んだ問題というものはまだまだあるのだと、ここでもあらためて思い知らされた。そして、あたし達が訪れた家のとある女性は、こんなことをつぶやいた。「とにかくこの辺の人たちは、愛に飢えてるからね」と 。印象的な言葉だった。あたしは、やはりここに来て良かった。やはり、直に触れ合うことで、自分自身がやるべきことであったり、この国の形であったり様々なことが見えて来るからだ。こうして、一軒一軒家を廻ることは大きな避難所を廻ることとは、また意味が違った。あたし達にとって非常に大きな意味をもたらす事になったのだから。

KBMA~伝える~という目的、任務は、こうしたところに在るのかもしれない。

 

活動報告 KBMA〜伝える〜 

 

2011年5月14日(土)@代官山・晴れたら空に豆まいて

 

石巻、仙台、福島でのKBMA活動報告会&ライブ。

第1部では、東京で支援をして下さった皆さまに、我々が見てきた東北の様子と活動の様子を写真と映像で報告。第2部では、越路姉妹にサックスプレーヤーの甲田伸太郎さん、ヴァイオリンのアメちゃんも加わってくれ、皆で東北を思う熱いステージに!!

東北の皆さんへ、東京からパワーを送ろう!!とハマーさんの発案でお客さんと全員で写真を。越路HP&ハマーさんHPでも掲載させて頂きました。

この活動は越路姉妹だけではなく協力してくださる方々と共に成り立っています!!